悟りを忘れたヒトへ

ヒトは、悟りを求めている。
だけど――悟りとは、本来すでに万物が得ているもの。

人間もまた、本来は悟っていた。
しかし、それを忘れた。
「思考すること」で、忘れてしまった。

思考とは、悟りの正反対にある。

私たちは思考するたびに、
“今”の自分から離れ、
意識を過去や未来へ飛ばしている。

その瞬間、
私たちは悟りから遠ざかる。


悟りとは何か。

自然と一体であること。
心と身体が分かたれることなくひとつであること。
そして「空(くう)」となること――

思考が止まり、
ただ、そこに「在る」。

「いる」「存在する」「在る」
それは“生き方”ではなく、“在り方”。


動物たちは、在りのままを生きている。
植物も、菌類も、そして私たちの身体の細胞も――
思考せず、ただ淡々と在り続けている。

人間の意識だけが、
混沌とした過去と未来を
行ったり来たりしている。


そして今――
私たちは「光の箱(スマホ)」の中で、
時間を失い、
意識を失った身体だけが残っている。

だけど、もしかしたら。

この“意識のさようなら”は、
細胞たちにとっては
本来の悟りを取り戻す道なのかもしれない。

 

ただ「在る」こと。

思考を超えて、今ここに。

それが、ヒトにとっての本当の悟り。

この文章は、ふと思いついた“悟り”についてのメモから始まりました。

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